石伊雄太選手は、2024年に行われたNPBドラフト会議で4位指名を受けた捕手です。
2025年から新人でありながら、開幕1軍を果たすほど注目されていました。
85試合に出場し、リーグ3位の盗塁阻止率を誇る強肩の持ち主であり、今後の活躍が注目されています。
2026年はシーズン開幕直後に帯状疱疹を発症。
ストレスや免疫力低下でかかる病とされているため、ファンからは心配の声が上がりました。
復帰後は捕手としての技術だけでなく、打撃面でも向上が見られ、打てる捕手としても他球団から恐れられる存在になりつつあります。
今回は、石伊雄太選手の家族エピソードについて調査しました!
ぜひ最後までごらんください♪
石伊雄太投手の両親はどんな人?野球をやめようとした石伊雄太選手を止めていた!?
石伊雄太投手の父親は、保文さんという名前です。
2024年12月21日時点で54歳のため、1970年生まれの可能性が高そうです。
母親は名前や生年月日も明らかにしていません。
両親ともに職業は明らかになっていませんが、「子供のやりたいことはやらせてあげたい」という家庭方針があったそうなので、少なくとも父親は子供のためにバリバリ働いていたのではないでしょうか。
そんな家庭で生まれた石伊雄太選手は、小学3年生から野球を始めましたが、中学校時点で強豪野球部からの推薦はなく、就職に有利だからという理由で近代高専に進学。
高専3年生の時、石伊雄太選手は野球を続けるかどうかの選択を迫られました。
高専最後に出場した地方大会でも2回戦敗退。
「高校でプレーしていても上にいける気はしなかったし、どちらかといえば早く親孝行をしたかった」
引用:中日スポーツ
と考えていた石伊雄太選手の元に、近大工学部からの推薦が。
大学に編入して野球を続けるか、就職有利な高専に残るか。
石伊雄太選手は、「野球は高校まででいいかな」と両親に漏らしたそうです。
しかし、両親から返ってきた言葉は、
「大学から誘いがあるのにもったいない。
野球を続けてほしい」引用:中日スポーツ
というもの。
石伊雄太選手にとって、自身の進路希望に対し両親から反対されたのはこれが初めてでした。
両親にとって、石伊雄太選手が野球に取り組む姿は輝いて見えていたのでしょう。
両親の大学で野球を続けてほしいという希望に驚いた石伊雄太選手でしたが、両親の希望を聞いて「できるところまで野球を極めよう!」という気持ちになれたそうです。
もし、両親からの反対を受けていなければ、石伊雄太選手はプロ入りを果たしていなかったことでしょう。
石伊雄太選手の契約金の使い道が親孝行すぎると話題に!
両親のおかげで踏みとどまり、野球続行を決意した石伊雄太選手。
仮契約後、契約金の使い道について問われると、実家の建て替え費用に充てるとの回答が!
「実家が海の近くで、ドラフト前から高台の方へ立て替えようという話をしていた。
8月に南海トラフ地震臨時情報とかも出たり、心配だったので」引用:スポニチアネックス
実家を自身に備えて建て替える両親には、防災意識の高さを感じますね。
高専や大学の学費を出し、野球を続ける決意をさせてくれた両親に、恩を感じていたことでしょう。
両親は少し申し訳なさそうだったと言いますが、石伊雄太選手の提案を受け入れてくれたそうです。
石伊雄太選手は、故郷愛が強く、ドラフト指名後は尾鷲市役所を表敬訪問。
尾鷲市を本籍地にし、NPBではトリプルスリーを達成した打者別当薫選手のようになりたいと話していました。
別当薫選手は尾鷲市のスターであり、銅像が建てられたり名を冠した大会が開催されたりしています。
両親も、石伊雄太選手が別当薫選手のような尾鷲市のスターになってほしいと祈っていることでしょう。
石伊雄太選手にきょうだいはいる?兄貴分もプロ野球界にいる!
石伊雄太選手は、3きょうだいの長男ということのみ明かされています。
下の兄弟については、一切プロフィールやエピソードが明かされていません。
石伊雄太選手の落ち着いた雰囲気、親孝行を果たそうとするしっかりした性格は、年齢や社会経験の有無だけの要素ではなく、下の兄弟をしっかり面倒を見てきた家庭環境から来るものかもしれませんね。
家庭では長男である石伊雄太選手ですが、球界にはお兄ちゃんと呼べる存在の選手がいます。
それは、阪神に所属している湯浅京己投手です。
石伊雄太選手は、かつて湯浅京己投手の父親が監督を務める少年野球チームに所属。
1つ年上の湯浅京己投手とも、一緒に野球をしていました。
石伊雄太選手のドラフト指名の知らせを聞いた湯浅京己投手は、インスタグラムのストーリーに幼少期の石伊雄太選手との2ショットを投稿。
「終わらない旅のはじまりを手をとって笑い合っていこう。
何を言われようがこれからも前人未踏のストーリーを」引用:iZa
とのメッセージでNPB入りを祝福しました。
ちなみに、湯浅京己投手の事を、石伊雄太選手はあっくんと呼んでいるそうです。
2026年4月19日、2人は念願の初対戦が実現。
湯浅京己投手にライトフライで打ち取られてしまった石伊雄太選手ですが、もう少しあたりが良ければホームランになっていてもおかしくない打球でした。
打球の行方を見守った湯浅京己投手は、思わず「あぶねー!」と口を動かし、石伊雄太選手は悔しさと初対戦の喜びが入り混じったような表情でベンチに戻っていました。
今後も幼馴染同士の対決が、実現してほしいですね!
石伊雄太選手が大学でも野球を続けたのは両親の願いからだった!プロ入り直後にしっかり親孝行!3きょうだいの長男!
石伊雄太選手の実家家族構成は、両親と下のきょうだい2人です。
きょうだいエピソードについては一切明かされていないため、今後現在のような活躍を続ければ、明かされていくかもしれません。
石伊雄太選手の両親は、「子供に好きなことをやらせたい」を信条としていました。
そのため、石伊雄太選手は好きな野球を続けられて、進路に関しても口出しされたことはありません。
ただ、中学時代に強豪高校からの推薦がなかったため、就職のことを考えて近大高専に進学。
近大工学部から編入の誘いが来たものの、野球は高専3年生まででいいと考えていた石伊雄太選手。
しかし、両親からは「大学から誘いが来たのにもったいない、野球を続けてほしい」と、この時初めて自身の進路希望に反対されました。
両親の言葉が無ければ、石伊雄太選手のプロ入りは無かったでしょう。
大学まで野球を続けさせてくれた両親に対し、石伊雄太選手はプロ入り直後に早速親孝行。
実家の建て替え費用を出したのです。
両親は申し訳なさそうだったものの、しっかり石伊雄太選手の思いを受け取りました。
2025年初めに新しい実家ができる予定だと報道されており、両親は新生活を始めながら石伊雄太選手の活躍を見守っていることでしょう。
最後までご覧いただきありがとうございました!