浦田俊輔選手は、2024年ドラフト会議で巨人から2位指名を受けた内野手です。
二塁・遊撃・三塁を守れるユーティリティプレイヤーなだけでなく、大学時代に3度も盗塁王に輝いた俊足っぷりも魅力的。
デビュー直後、浦田俊輔選手の手元にも注目が集まりました。
普通であればスポーツブランドのバッティンググローブを使うところ、浦田俊輔選手はワークマンの作業用手袋を着用。
「中学校のころからずっと使ってて。
薄くもなくぶ厚くもなく。
自分の手にちょうどいい。
メッチャいいですよ」引用:スポニチアネックス
このことから、小林誠司選手には「ワークマン」というニックネームをつけられているのだとか。
ちなみに、浦田俊輔選手の名前の由来は、
サッカーで活躍した中村俊輔選手から来ているよ!
ただ、浦田俊輔選手は、
サッカーは苦手みたい…
2026年は二塁手として出場しており、プロ入り2年目にしてレギュラー確保のチャンスが巡ってきています。
このままの活躍を続ければ、ワークマンからのオファーが来るのも時間の問題でしょう。
守備力・走塁で卓越したセンスを見せている浦田俊輔選手は、どのような家族の下で育ったのでしょうか。
今回は、浦田俊輔選手の実家家族エピソードについて調査しました!
思った以上のアスリート一家で驚きましたので、最後までぜひご覧下さい♪
浦田俊輔選手の父親はどんな人?まさかの職業だった!野球経験はある?
浦田俊輔選手の父親は、秀明さんという名前です。
2024年10月27日時点で57歳だったため、1967年か1966年生まれだと思われます。
父親は現在陸上自衛官として働いています。
陸上自衛官として働いている時点で運動神経の良さが伝わってきますね。
父親は元高校球児、近代五種でアトランタ五輪日本代表を目指した経験の持ち主。
非公式ながら100メートル10秒78を記録しています。
浦田俊輔選手は、父親からは足が速くなる方法を幼少期から教わってきました。
「走り方とかはいろいろ指摘されてきましたね。
足の上げ方、腕の振り方とか、気がついたことを教えてくれました」引用:スポーツ報知
浦田俊輔選手によると、父親は厳しかったものの、練習に熱心に付き合ってくれたことに感謝しているそうです。
父親の息子思いの姿勢は、浦田俊輔選手が大学進学した後も変わりませんでした。
父親は、スタンドにストップウォッチ片手に駆けつけ、浦田俊輔選手の一塁到達タイム・二盗のタイムを計測。
家族LINEには、計測結果を毎日のように投稿。
浦田俊輔選手は父親の献身っぷりに感謝していたそうです。
ただ、あまりに熱心に視線を送るあまり、チームメイトから、
あの人スカウトなんじゃない?
と勘違いされてしまったことも。
現在も、父親とはほぼ毎日のように連絡を取り合っている浦田俊輔選手。
もし、巨人戦でストップウォッチ片手に観戦している人がいたら、それは浦田俊輔選手の父親かも…?
浦田俊輔選手の母親はどんな人?母親もアスリートだった!家族でよく行った場所は?
浦田俊輔選手の母親は智美さんという名前です。
2024年10月27日時点で53歳だったため、1971年か1970年生まれだと思われます。
母親の職業は明かされていませんでした。
母親は学生時代、バレーボールに取り組んでおり高校時代は主将を務め、インターハイで優勝したこともあるそうです。
浦田俊輔選手の瞬発力は、母親のDNAを受け継いでいるのではないでしょうか。
家族写真も公開されており、両親と浦田俊輔選手は身長がほとんど変わりません。
母親の身長の高さからも、バレーボール経験者であることがうかがえます。
浦田俊輔選手はドラフト指名後、小学生時代に在籍した少年野球チーム「大野城少年野球」が練習するグラウンドを母親と共に訪問。
高校・大学への訪問だけでなく、小学生時代に在籍したチームに母親と一緒に訪問しているのは、礼儀についてしっかり躾けられた証拠のように思えます。
浦田俊輔選手は寮に入寮した際、ディズニーキャラクターのぬいぐるみを3つ連れてきており、
「子どもの頃からずっと好きで、両親に連れていってもらっていた。
数えたことないので分からないけど、30回は行っていると思います」引用:日刊スポーツ
とディズニー愛を告白。
2025年3月、実家がある長崎で行われたオープン戦では、両親や祖父母も駆けつけています。
浦田俊輔選手もオープン戦2日前に実家へ帰省。
長崎の回転ずしチェーン「若竹丸」の寿司を持ち帰るという親孝行も見せていました。
今後さらに活躍して、家族全員ディズニーに連れて行ってほしいですね!
浦田俊輔選手にきょうだいはいる?現地観戦にも積極的!
浦田俊輔選手には、兄が1人、妹が1人います。
兄は大輔さんという名前で、浦田俊輔選手の3歳年上です。
妹は桃佳さんという名前で、浦田俊輔選手の8歳年下です。
浦田俊輔選手は、兄と同時期に野球を始めました。
兄も妹も、何度も浦田俊輔選手が出場する試合を観戦しに来ています。
妹に至っては、両親と共に2軍戦にも駆けつけています。
家族全員で浦田俊輔選手の活躍を応援しているのが伝わってきますね。
浦田俊輔選手にとっても、兄妹の存在は大きな力になっているようです。
2025年8月13日の2軍戦で猛打賞を記録し勝利に貢献した際は、
「今日たまたま家族が見に来ていて、妹が来ていたので打ってやろうと思って打ちました」
引用:スポーツ報知
とインタビューに答え、2026年4月4日の1軍戦で猛打賞を記録し、お立ち台に上がった際は、
「私事ではあるんですが、今日は兄貴と妹が来ているので絶対やってやろうと思ってました」
引用:dmenuニュース
と兄妹の観戦を明かしていました。
妹は反抗期が心配になる年頃ですが、よく電話する仲とのこと。
現地観戦に来てくれるのも納得ですね。
インスタグラムの投稿にも、兄妹仲が現れています。
ドラフト指名後、兄妹と共にディズニーシーに出かけたと報告。
浦田俊輔選手が更に活躍したら、兄と妹を連れて香港ディズニーに行くかもしれません。
兄や妹にとっては、浦田俊輔選手は自慢の弟・兄になっていることでしょう。
浦田俊輔選手の父親は陸上自衛官だった!幼少期は厳しいトレーニングも!母親はバレーボールでインターハイ優勝の経験あり!兄と妹とも仲良し!
浦田俊輔選手の実家家族構成は、両親と3歳年上の兄、8歳年下の妹です。
父親は陸上自衛官として働いています。
また、元球児・近代五種でアトランタ五輪を目指した経験の持ち主です。
浦田俊輔選手の俊足は、父親から受け継がれたもので、幼少期から足を速くするトレーニングに勤しんでいました。
父親の指導は厳しかったものの、練習に熱心に付き合ってくれたことに、浦田俊輔選手は感謝しているのだとか。
大学進学後も、父親は浦田俊輔選手の一塁到達タイム・二盗タイムを計測。
スタンドでストップウォッチ片手に浦田俊輔選手を見守っていたため、チームメイトからはスカウトの人と勘違いされてしまったこともあったそうです。
母親はバレーボール経験者で、高校時代は主将を務めチームをインターハイ優勝に導きました。
アスリート一家に生まれた浦田俊輔選手は、幼少期からディズニーランドに連れて行ってもらっています。
現在もディズニーが大好きで、寮にもディズニーキャラクターのぬいぐるみを持ち込み。
ドラフト指名後も、兄妹とともにディズニーシーに出かけたことをインスタグラムで報告していました。
両親も兄妹も、よく現地観戦に訪れているそうです。
そんな浦田俊輔選手の目標は、香港ディズニーに行くこと。
さらに活躍して、家族全員を香港ディズニーに連れて行ってほしいですね!
最後までご覧いただきありがとうございました!






