石塚裕惺選手は、2024年に行われたドラフト会議で、2球団競合の末巨人から1位指名を受けました。
プロ1年目は開幕前に左有鈎骨骨折という悲しいスタートを切りましたが、9月23日の対広島戦で初安打を記録。
2026年は起用機会を増やし、主に三塁手として活躍しています。
2026年後半戦では、サヨナラ勝ちを決める犠牲フライ、ヒットを増やしており、高卒2年目の選手ながら5番打者に抜擢されるなど、巨人の1軍にすっかり馴染んでいます。
初ホームランが見られる日を、ファンは心待ちにしていることでしょう。
今回は、巨人の若きスター候補石塚裕惺選手の家族エピソードを調査しました!
ぜひ最後までご覧ください♪
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石塚裕惺選手の父親はどんな人?野球経験者?練習は厳しかった?
石塚裕惺選手の父親は、康直さんという名前です。
2024年11月時点で49歳のため、1974年か1975年生まれだと思われます。
父親は大の巨人好きで、石塚裕惺選手の卒園旅行で巨人の宮崎キャンプに連れて行くほど。
大宮南高の元球児でもあり、大学卒業後に就職したあとは野球から少し離れたものの、社会人3年目からは草野球チームに入っています。
そんな父親ですから、もちろん石塚裕惺選手には幼少期から野球をしてほしいという思いがありました。
「歩き始めたころからプラスチックのバットを握らせてみたり、キャッチボールをしたりしました(笑)。
幼稚園に通い始めると、週1回の1時間ほどの野球教室にも行かせました。
どうしても楽しさを知ってもらいたくて(笑)」
園長の時に野球を始めさせた父親は、最初コーチとしてチームをサポートしていました。
なんと、石塚裕惺選手が小学3年生の頃には監督に就任!
監督と選手の関係になると、父親も指導に熱が入ります。
小学生の時から、毎日500回素振りさせていたのだとか!
最初は無理矢理やらせていたそうですが、父親は、
「歯磨きと一緒で当たり前にやるもの」
引用:スポーツ報知
と教えていました。
時には週1で1000回素振りしたり、父親が撮影してチェックすることも。
小学校高学年の頃には、自主的に素振りをするようになったそうです。
練習を続ける大切さを幼少期から教わったからこそ、現在石塚裕惺選手はプロ入りする実力を身に着けられたのかもしれません。
石塚裕惺選手は、たとえ悩みができても弱音は吐かず、高校野球でも結果を残したため、初安打記念の手記では、
「野球に関してはずっとしっかりやっているので、心配はしていません。」
引用:スポーツ報知
と胸を張った父親。
2026年からは主力として定着しており、かなり安心して観戦しているのではないでしょうか。
石塚裕惺選手の母親はどんな人?スポーツ経験が豊富!練習もサポート!プロ入り後母親からプレゼントも!
石塚裕惺選手の母親は、明世さんという名前です。
2024年11月時点で47歳のため、1976年か1977年生まれだと思われます。
千葉県出身で、母親の実家も巨人ファン。
母親自身も、幼少期は兄と弟と同じように野球をしたかったと言います。
「私も本当は野球をしたかったけど、泣く泣くサッカーを始め、中、高はソフトテニスに専念。
高校時代は関東大会に出場したのが最高成績でした。」
野球を断念してしまったものの、全く違うスポーツをこなせるあたり、母親は運動能力に優れていると言えるでしょう。
野球が好きだからこそ、両親揃って息子の野球人生を全力でサポートできたと思われます。
特に母親は、大学時代に野球サークルのマネジャーも務めています。
とはいえ、カラーボールやシャトルをトスしていた際、顔面に打ち返されて嫌になったこともあるとか。
お母さんも人間だもんね…
野球の夢を息子に託した母親ですが、野球一本ではなくいろんな経験をしてほしかったと言います。
そのため幼稚園から体操とそろばん、水泳、英会話、吹奏楽部など、いろいろなことに挑戦しました。
吹奏楽部については母親の勧めだと明かされており、石塚裕惺選手は二つ返事で始めたとのこと。
かなり濃い幼少期・学生時代を送っていたのが分かりますね。
母親によると、石塚裕惺選手が小学6年生で出場した試合が忘れられないそうです。
なんと、手首の骨折が完治していないにもかかわらず、サポーターを巻いて出場してホームランを打ったのです!
この頃からパワーがあったんだね!
中学以降は体重を増やすため、母親は石塚裕惺選手のお茶碗を少しずつ大きくしていくという作戦に出ました。
石塚裕惺選手がこの作戦に気付いていたかは分かりませんが、全く不満をこぼさず、最後はどんぶりサイズの量の白米を食べられるようになっていたそうです。
サポートに全力だった母親は、石塚裕惺選手の巨人入団の際に感涙。
入寮後には母親からのプレゼントとして、アロマ加湿器が届きました。
「リラックス効果で安眠につながるし、加湿効果もある。
香りも良くて目覚めもいい」引用:日刊スポーツ
現在の石塚裕惺選手の活躍は、アロマ加湿器による疲労軽減効果ももちろんあることでしょう。
既にブレイクを果たしている石塚裕惺選手の活躍を、母親は喜んでいるはずです。
石塚裕惺選手にきょうだいはいる?プロ入りを狙っている!?
石塚裕惺選手には、弟が1人います。
名前は太惺(たいせい)さんで、石塚裕惺選手の3歳年下です。
2026年時点で八千代松陰高校2年生で、現在も野球を続けています。
母親によると、幼少期はサッカーをやりたいと言っていたそうですが、石塚裕惺選手の背中を追ううちに、野球の楽しさが分かってきたそうです。
家族と同じく弟も巨人ファンで、憧れの選手は坂本勇人選手です。
「内野手としてチームを支える強打者に」
引用:スポーツ報知
あまり多くを語らないタイプだそうですが、壁にぶつかった時に相談するのは石塚裕惺選手。
弟も高校1年生の頃からベンチ入りしており、石塚裕惺選手のような選手になる可能性を秘めています。
ただ、弟にとって石塚裕惺選手は、良い相談相手でありライバル。
高校1年生夏大会では、
「兄と比べられるのは嫌。
弟としてではなく、自分の名前を覚えてもらえるように」引用:スポーツ報知
と決意を語っていました。
果たして、兄弟揃ってプロ入りする姿は見られるのでしょうか。
2027年ドラフトに注目しましょう!
石塚裕惺選手の父親と弟は野球経験者!家族は全員巨人ファン!父親は少年野球チームの監督だった!母親はサッカーとテニス経験者!弟もプロ入りを目指している!
石塚裕惺選手の実家家族構成は、両親と3歳年下の弟です。
家族は全員巨人ファンであり、石塚裕惺選手が巨人のユニフォームを着て活躍する姿を嬉しく思っていることでしょう。
父親は元高校球児であり、石塚裕惺選手が所属した少年野球チームでコーチや監督を務めました。
小学生の頃から1日500回の素振りを課し、練習や継続の大切さを教え込みました。
母親もトスをあげて息子達の練習をサポート。
ただ、石塚裕惺選手は体操や水泳、そろばん、英会話など幼稚園の頃から習い事をたくさんしてきました。
野球だけではなくいろいろな経験をさせたいという母親の考えからです。
プロ入り後には母親からアロマ加湿器をプレゼントされており、現在も疲労軽減のために使用しているようです。
弟は2026年時点で高校球児であり、プロ入りを目標にしています。
1年生の頃からベンチ入りしており、実力を評価されていると思われます。
兄弟揃ってのプロ入りができるのか、今後のドラフトを注目したいですね!
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