門別啓人投手は、2022年に行われたドラフト会議で、阪神から2位指名を受けてプロ入りしました。
2023年シーズン終盤に早速1軍戦で初先発すると、2025年シーズン前は強化試合のカブス戦で先発。
カブスファンからは、
本当に20歳!?
と驚きの声が上がるほど、完璧な投球を見せ阪神の勝利に貢献しました。
その勢いで2025年は開幕ローテ入り。
2026年は残念ながら開幕ローテ入りはできなかったものの、2軍戦で無双状態であり、他球団であれば間違いなく先発投手として活躍できる実力の持ち主です。
同期入団の茨木秀俊投手とは、
将来先発ローテを担う存在になりそうだね!
茨木秀俊投手に続いて、門別啓人投手の登板を期待している阪神ファンは多いのではないでしょうか。
今回は、門別啓人投手の家族エピソードについて調査しました!
グローブに込められた家族思いエピソードも紹介しますので、ぜひ最後までご覧ください!
門別啓人投手と同期入団の井坪陽生選手の家族についての記事はこちら!
門別啓人投手の父親はどんな人?2歳の時点でプロ野球選手になれると確信していた!?
門別啓人投手の父親は、竜也さんという名前です。
2023年10月時点で40歳のため、1982年か1983年生まれだと思われます。
職業については明かされていませんでしたが、親族が現地観戦する中、父親のみテレビ観戦という日もあるそうなので、仕事で多忙なのは間違いないでしょう。
父親の野球経験は明かされていませんが、2歳の時に門別啓人投手がプロ野球選手になれると確信。
流石に話盛ってない?
と思うかもしれませんが、父親は、
「これは冗談じゃなくてですね。最初から力任せにせず、腕をしならせて投げたんですよ。」
「啓人の糸を引くようなストレートは天性のものですよ。こいつは絶対にプロの投手になると確信しました」引用:NumberWeb
門別啓人投手は左利きであり、幼少期は苦労していました。
鍵盤ハーモニカを弾きづらそうにする姿、文字を書くのに苦労する姿を見た母親は右利きへの矯正を考えていましたが、父親は野球のために左利きのまま生活させると決断。
父親が予想した通り、門別啓人投手は高卒ながら2位指名という好待遇を勝ち取りました。
広島の本拠地マツダスタジアムでプロ初登板だと知った両親及び親族は、急な決定にも関わらず実家の北海道から広島へ向かっており、息子思いなのが伝わってきます。
2024年3月の日本ハムとのオープン戦では、初の凱旋登板ということで両親揃ってかけつけたものの、父親は、
「お酒を飲まないと見ていられなかった」
引用:サンスポ
と緊張しきり。
門別啓人投手の実力であれば、大事な場面を任せられる日も近いでしょう。
父親には、プレッシャーに慣れてもらいたいですね!
門別啓人投手の母親はどんな人?両親揃って息子の登板には緊張気味?お立ち台の息子の姿に号泣も!
門別啓人投手の母親は、実保さんという名前です。
2024年3月時点で42歳のため、1981年か1982年生まれだと思われます。
職業については明かされていませんでした。
顔写真は公開されており、門別啓人投手にそっくりで、とても若々しい顔立ちをしています。
母親によると、幼少期から門別啓人投手はマイペース。
高校時代は練習試合の日にちすら教えてくれず、同じ野球部の保護者に聞いて応援に駆け付けていたそうです。
門別啓人投手は、緊張していても口には出さない性格ですが、緊張している時は顔が引きつっており、親から見るとバレバレだったとのこと。

母親からすれば、門別啓人投手はいつまで経っても可愛い息子。
プロ初登板は一生に1度しかないと考え、北海道から広島へ駆けつけ、二軍戦にも駆けつけています。
何度も門別啓人投手の登板の試合に駆けつけていますが、母親は未だに緊張してしまうとのこと。
門別啓人投手が、1軍初勝利を記録&初お立ち台の日も現地観戦していたものの、
「ヒーローインタビューはもう号泣で見られなかったですね。」
引用:サンスポ
とコメント。
阪神は様々なYouTubeチャンネルからヒーローインタビューの映像が投稿されているので、両親揃って何度も見返していることでしょう。
登板前にも「頑張ってね」と連絡するものの、学生時代と同じように「はーい」としか返ってこないそうです。
登板するたびに息子の成長を感じているという母親。
これからも門別啓人投手の登板日を聞きつければ、現地観戦してくれることでしょう。
門別啓人投手にきょうだいはいる?感動の思い出エピソードとは?
門別啓人投手には、妹が1人います。
心奈(ここな)さんという名前で、年齢は門別啓人投手の2歳年下です。
門別啓人投手はグローブに妹の名前の刺繍を入れています。
兄妹仲の良さが伝わってきますね。
しかし、妹はもうこの世にいません。
5歳という若さで、脳腫瘍によりこの世を去ってしまいました。
妹は生後半年で脳腫瘍が発覚し、妹と会えるのは年に数回の病院のみ。
母親によると、門別啓人投手よりも妹の方が性格はきつかったとのこと。
「ずっと寝たきりで、ずっとベッドにいて。
高い柵があったんですけど、その柵から自分が手を伸ばして遊んでいました」「本当良くないんですけど…妹の口に指を近づけたらかじってくるんですよ。それにかじられないように遊んでいました。でもたまにめっちゃ強くかじられて、血が出そうな時もありました」
引用:デイリー
妹が元気になることを信じ、添い寝をしていたという門別啓人投手。
妹が帰らぬ人になった時は、カーテンにくるまって号泣していたそうです。
今も帰省した際は、妹の墓前に手を合わせています。
笑顔が可愛い妹は、今も投球の力になっているのだとか。
「妹のおかげですごく頑張れているなと感じるときはある。
これ(刺繍)を見たら、力がもらえる。
〝常に思っていられるように〟と入れています」引用:サンスポ
初勝利した際は、
「(勝利は)やっぱり妹に一番届けたいです。
僕は妹の影響が大きかったと思うので」引用:サンスポ
とお立ち台で語っていました。
門別啓人投手がより球界で活躍できるよう、妹は天国で応援していることでしょう。
門別啓人投手の両親は積極的に現地観戦している!父親はわずか2歳で門別啓人投手のプロ入りを確信!母親は初勝利に号泣!妹と共にマウンドで戦っている!
門別啓人投手の実家家族構成は両親と2歳年下の妹です。
ただ、5歳という若さで脳腫瘍によりこの世を去っています。
笑顔が可愛い妹が大好きだった門別啓人投手は、グローブに妹の名前の刺繍を入れています。
刺繍を見るたびに、妹が力を貸してくれるような気分になるそうです。
父親は2歳の門別啓人投手が投げるボールを見て、将来のプロ入りを確信。
左利きは文字を書くとき等、辛そうに見えたため、母親は右利きに矯正するか悩んだそうですが、野球のために左利きのまま生活させました。
父親の決断が功を奏し、プロ1年目から1軍登板を果たすほど活躍している門別啓人投手。
2軍戦もオープン戦も実家がある北海道から駆けつけるほどフットワークが軽い両親ですが、何度見ても緊張してしまうそうです。
母親は門別啓人投手の初勝利を見届けたものの、お立ち台での姿は号泣して見れなかったのだとか。
これからも門別啓人投手には、妹とともにマウンドで素晴らしい投球を見せてくれるはずです。
もっと1軍に登板して、両親に楽に現地観戦してもらえるようになってほしいですね!
最後までご覧いただきありがとうございました!