勝又温史選手は、2018年ドラフト会議でDeNAから4位指名を受けて入団しました。
元々入団した当時は投手としての指名でしたが、フォーム改造に取り組む途中でイップスに。
2021年に戦力外通告を受けて育成契約を結び、外野手転向が報道されました。
2023年11月に支配下契約を勝ち取ったものの、2024年に右手有鈎骨を骨折。
波乱万丈のプロ人生を送る中、2025年に1軍入りを勝ち取りました。
2026年は4月11日に1軍入りすると、翌日の試合でプロ初打点を記録。
プロ8年目にして初めてお立ち台に呼ばれました。
その後も1番打者としての起用が続いており、長い間苦労した時期が報われています。
今回は、勝又温史選手の家族エピソードについて調査しました!
ぜひ最後までご覧ください♪
勝又温史選手と共に上位打線に並ぶ牧秀悟選手についての記事はこちら!
勝又温史選手の父親はどんな人?父親もアスリート!?
勝又温史選手の父親は、伸明さんという名前です。
父親の情報で明らかになっているのは、トライアスロン選手として活躍したことのみです。
勝又温史選手にも、父親の運動能力は受け継がれていると言えるでしょう。
トライアスロン選手になるには、運動能力だけでなく持久力や諦めない心も求められます。
勝又温史選手が野手転向した際も、父親の取り組むトライアスロンのように長い道のりになることを考えての決断だったでしょう。
長い間努力を続ける必要があるという面では、父親からもアドバイスをもらっていそうですね。
勝又温史選手の母親はどんな人?勝又温史選手のある一言にキレた!?料理上手?
勝又温史選手の母親は、朋子さんという名前です。
年齢や職業については明かされていませんでした。
母親は剣道の経験者で、全国大会に出場した経験があります。
両親ともにスポーツ経験者となれば、勝又温史選手の運動神経の高さも納得ですね。
勝又温史選手は、2軍戦ではあるものの2022年の母の日にホームランを放ったことがあります。
次は、1軍戦で母の日か母親の誕生日に大活躍してほしいですね♪
2022年元日には、公式インスタグラムでこのような投稿も。
このことから、母親は料理上手だと言えるでしょう。
波乱万丈のプロ野球人生を送っている勝又温史選手にとって、毎年がラストチャンスのような気分だったでしょう。
特に、育成契約後は尚更です。
しかし、母親は勝又温史選手から野球について、「ラストチャンス」という言葉が出てくると、
「ラストチャンスとは誰も決めていない。そんなことを言うな」
引用:スポニチアネックス
と怒られてしまったそうです。
母親は、もっとプラス思考でスポーツを楽しんでほしいと考えており、この言葉を聞いてから勝又温史選手は、
「もう、明日死んでもいいぐらいの気持ちで毎日野球を楽しめれば。
(投手の頃より)それは余裕で楽しいです」引用:スポニチアネックス
と考えるようになったそうです。
母親のアドバイスが、現在の飛躍に繋がっていそうですね。
5月4日の試合には、実家家族が応援に駆け付け、勝又温史選手はお立ち台に立っています。
2026年のオープン戦での取材では、
「母にはずっと心配をかけている。いい結果を残して安心させたい」
引用:スポニチアネックス
と話していた勝又温史選手。
現在の活躍を見て、母親も安心しているのではないでしょうか。
勝又温史選手にきょうだいはいる?きょうだいがきっかけでできた特技も!?
勝又温史選手には、姉が1人います。
美穂さんという名前で、勝又温史選手の2歳年上です。
姉は、明治学院大学女子ラクロス部で活躍しており、家族揃ってアスリート一家です。
調査してみましたが、大学卒業後はラクロスを続けていないと思われます。
現在は就職し、一般企業に勤める社会人をしていることでしょう。
勝又温史選手には、姉がきっかけではじめたことがあります。
それはウクレレです。
入寮時にもウクレレを持ち込んでおり、報道陣には嶋大輔の男の勲章の弾き語りを披露したことで話題を呼びました。
「高3の夏の大会から始めました。
野球のことを忘れたいときに弾くんです。
今度は部屋が海沿いなのでうれしい。
周りに迷惑を掛けないようにしたいですね」引用:サンスポ
と、ストレス解消に始めたことが明らかにされていました。
姉が先に始めており、勝又温史選手も約5ヶ月でマスター。
ファンイベントでも、ウクレレを披露しました。
外野手転向後も、ウクレレの音色で癒されていたことでしょう。
現在は大活躍中のため、野球でストレスが溜まる日があるのか聞きたくなるレベルですが、もし不調に陥った時はウクレレを弾いて自身のメンタルを整えてほしいですね。
勝又温史選手はアスリート一家で育った!父親はトライアスロンの選手で母親は剣道で全国大会出場!姉の影響でウクレレを始めた!
勝又温史選手の実家家族構成は、両親と2歳年上の姉です。
勝又温史選手の父親はトライアスロンの選手、母親は剣道で全国大会出場、姉は明治学院大学でラクロスで活躍と、勝又温史選手以外もスポーツ経験者だらけの家族で育ちました。
1度戦力外通告を受けた勝又温史選手にとって、育成契約後は毎年のように「今年がラストチャンス」という言葉がメディアから飛んできたことでしょう。
しかし、母親の前でラストチャンスになるという話をすると、「誰もラストチャンスと決めてないんだから、そんなこと言うな」と怒られてしまったのだとか。
母親としては、もっとポジティブに野球を楽しんでほしいという考えがあったようです。
2026年のオープン戦では、活躍して母親を安心させたいと語っていた勝又温史選手。
5月4日の試合では家族全員が現地観戦しており、勝又温史選手は3回もタイムリーヒットを放つ大活躍でお立ち台に上がっています。
間違いなく、母親は息子の姿を見て安心できたことでしょう。
勝又温史選手は、姉の影響を受けて高校3年生の時にウクレレを始めました。
入寮の際に持ち込み、ファンフェスでも演奏を披露。
波乱万丈だったプロ野球人生が上向いてきている勝又温史選手ですが、もし不調になった際はウクレレの音色で癒されるかもしれませんね。
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