前田悠伍投手は、2023年のドラフト会議でソフトバンクから1位指名を受けました。
大阪桐蔭高校時代は、2年春のセンバツで優勝、明治神宮野球大会では連覇に貢献。
世代最強左腕として、ドラフト会議前から期待されていました。
しかし、ソフトバンクという選手層の厚い球団に入団したからか、2024年は1試合先発、2025年は初勝利こそしたものの3試合登板・2試合先発にとどまりました。
2年目までは苦難のシーズンが続いた前田悠伍投手ですが、2026年は4月26日に1軍昇格。
ソフトバンクの先発投手として最速で10勝に到達したほか、8月20日時点で無敗を継続。
このままの調子を保てば、2004年の田中将大投手以来となる無敗でのシーズン完走が有り得るかもしれません!
今回は、ソフトバンクの勝ち頭、前田悠伍投手の家族エピソードについて調査しました!
ぜひ最後までご覧ください!
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前田悠伍投手の父親はどんな人?プロ入り祝いにプレゼントしたものは?前田悠伍投手の応援に全力をかけ厳しい助言も!
前田悠伍投手の父親は、孝博さんという名前です。
職業は、滋賀県の企業に勤める会社員です。
年齢は、2023年11月時点で48歳のため、1975年か1974年生まれだと思われます。
父親も野球経験者で、滋賀県立伊香高校では投手と外野手を兼任。
そのため、父親は幼少期から前田悠伍投手に野球を始めてほしかったと言います。
しかし、前田悠伍投手は友達の影響でサッカーを始めたいと言い出しました。
野球をしてほしかった父親は新しいグラブを買って前田悠伍投手を野球に傾けさせたそうです。
この時グラブを買わなければ、前田悠伍投手は野球を始めなかったかもしれません。
ドラフト会議を見守り、ドラ1指名にほっとした父親は、前田悠伍投手のために松村寝具でオーダーメイドの寝具をプレゼント。
前田悠伍投手は、父親の誕生日を毎年LINEで祝福しており、仲は良いのでしょう。
しかし、前田悠伍投手は、プロ入り後壁にぶち当たります。
父親も容赦なく、1年目終了後の帰省時には「プロで通用していない」と話しました。
この悔しさを乗り越え、2025年、前田悠伍投手は1軍初勝利を記録。
前田悠伍投手の初勝利を現地で見守った父親は、
「1軍の試合は初勝利まで通い続けようと決めていました」
「勝てる投手、研究されても乗り越える投手になってほしいですね。今から『おめでとう』と(メールを)送ります」引用:パ・リーグTV
と語っており、現地観戦へかなりこだわりがあると分かります。
2026年も現地観戦していたら、かなり勝利投手になる瞬間を見れているのではないでしょうか。
前田悠伍投手の母親はどんな人?母の日に勝利!温泉好き?
前田悠伍投手の母親は、由香さんという名前です。
2023年11月時点で48歳のため、前田悠伍投手の両親は同い年だと思われます。
野球をしている息子がいれば、食事を作るのは大変だとよく言われますが、前田悠伍投手は周囲に比べて少食だったようで、
「悠伍と同じ大阪桐蔭の寮生に、『こいつ、全然食べないんですよ』と言われたこともあります。
普通の高校生くらいは食べていましたが、体が大きくなりすぎるからと、あえてセーブしていたようです」
と父親から明かされています。
そのため、
息子のために毎朝5合
ご飯を炊いていました!
というよくあるエピソードは無かったと思われます。
父親と共に、母親や祖父母も初勝利を現地観戦。
2026年は母の日にも父の日にも勝利投手になっている前田悠伍投手は、
「母の日にも勝てて、父の日にも勝てたので、いい親孝行はできているのかなと思います」
引用:日刊スポーツ
と語っており、早く親孝行をしたいと考えていたのでしょう。
あまり母親についての情報は出てきていませんが、前田悠伍投手は球団から発表された母の日の動画に、
「オフには温泉一緒に行こうね」
と母親に呼びかけていました。

このことから、母親は温泉好きだと思われます。
滋賀県は草津温泉がありますし、九州には別府温泉や黒川温泉など、有名スポットがたくさんあります。
帰省時に行くのか、九州に招待するかは分かりませんが、2026年は家族で温泉を楽しんでほしいですね!
前田悠伍投手にきょうだいはいる?プロ入り初期からブレイクを信じていた!きょうだいエピソードは?
前田悠伍投手には、兄が1人います。
名前は詠仁(えいと)さんで、前田悠伍投手の4歳年上です。
現在は滋賀県の企業で働いています。
兄によると、前田悠伍投手は幼少期から負けず嫌い。
兄が先に野球を始めており、前田悠伍投手にとってはライバルのような存在でしたが、小学生の頃の4歳差はかなりのものがあります。
ゴムボールを使った野球勝負も、兄に打たれて負けてしまうことがほとんど。
「毎回毎回、僕が打たれたり抑えられたりして、でっかい声で泣いていた。
いつもおばあちゃんが心配していた」引用:毎日新聞
おばあちゃんとは別居で、
隣の家に住んでいたわけでもないみたいだから、
すごく大きな泣き声だったんだろうね…
今だったら隣の家から心配されちゃいそう
ゲームや他の勝負でもなかなか勝てず、兄がわざと負けても何となく察したそうです。
兄がいたからこそ、前田悠伍投手は壁を乗り越える力がついたのかもしれません。
ドラフト指名後、兄は前田悠伍投手が近いうちにブレイクすると予言していました。
理由は、前田悠伍投手が高校で主将を務めたからです。
「主将のタイプではなかったし、ましてや大阪桐蔭ですから。
周りを見ようと自分の投球が悪くなった時期があった。
背負うものが少なくなって伸び伸びできると思う。
マウンドに上がったら試合を支配する気持ちでできる。周りを考えなくていい」引用:東スポWEB
兄は1年目からの覚醒を期待していましたが、2年遅れでのブレイクとなりました。
兄も前田悠伍投手の初勝利の瞬間を現地で目撃しています。
高卒投手としては十分早い先発ローテ入りであり、現在の活躍を兄も喜んでいることでしょう。
前田悠伍投手の父親と兄は野球経験者!母親は温泉好き?家族全員で初勝利の瞬間を現地で見守った!
前田悠伍投手の実家家族構成は、両親と4歳年上の兄です。
兄の影響で野球を始め、父親は高校時代まで野球をしていました。
前田悠伍投手は高校球児としては少食だったそうで、母親は少し楽だったかもしれません。
前田悠伍投手はプロ入り後、父親からオーダーメイド寝具をプレゼントされています。
父親は疲労がとれるようなものを買い与えたいと考えたのでしょう。
ただ、プロ1年目・2年目は1軍登板が少なく、ソフトバンクの厚い投手層に入れない状態でした。
父親は容赦なく帰省時に「通用していない」と前田悠伍投手に断言。
この悔しさもばねになったのか、前田悠伍投手は2025年に初勝利。
2026年は先発ローテ入りしています。
初勝利は実家家族全員と祖父母で見守っており、父親は初勝利までは絶対現地に通うと決めていたそうです。
母親についての情報はあまり出てきませんでしたが、前田悠伍投手が球団の母の日企画の動画で温泉に誘っていたため、温泉好きの母親なのかもしれません。
兄によると、前田悠伍投手は幼少期から負けず嫌い。
ゴムボールを使った野球の勝負では兄に負け、大声で泣きわめいていたそうです。
兄は前田悠伍投手が大阪桐蔭高校時代に主将を務め、周りを見ずに自身の投球技術向上に専念できるため、プロ1年目からの覚醒を期待していました。
2年遅れとなりましたが、前田悠伍投手の大ブレイクに、兄だけでなく家族全員が喜んでいることでしょう。
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