黒原拓未投手は、2021年のNPBドラフトで広島カープから1位指名を受けてプロ入りしました。
2024年は先発ローテ争いに敗れたものの、53登板を果たして新人王投票でも2位にランクイン。
今後の広島カープの投手陣の柱になる存在として注目されていました。
しかし、2025年の春季キャンプで膝の違和感を覚えて離脱すると、左膝半月板の手術を受けた影響により全休。
2026年は年明け早々椎間板ヘルニアを発症してしまい、戦線復帰が遅れていました。
そんな中、2026年6月に実践復帰が報じられており、広島投手陣の救世主として注目されています!
今回は、黒原拓未投手の家族エピソードについて調査しました!
ぜひ最後までごらんください♪
黒原拓未投手の父親はどんな人?野球経験者?
黒原拓未投手の父親は、和男さんという名前です。
2021年10月時点で58歳のため、1963年か1962年生まれだと思われます。
黒原拓未投手のドラフト指名直後は、金属加工の工場で働いていると明かされていました。
勤務していた企業によっては、2026年時点では定年退職しているかもしれません。
父親は和歌山県海南市出身で、中学時代は軟式野球、高校時代はソフトボールクラブでプレー。
就職後も野球とソフトボールを楽しんでいました。
結婚したばかりのある日、散髪屋に入ったところ、店主から少年野球チーム日方スポーツ少年団のコーチを頼まれたことがきっかけで、指導者をするように。
子供が生まれたことでいったんコーチを休業したものの、息子達が野球をし始めると再び復帰。
ただ、そこまで息子達への指導には熱を入れなかったそうです。
「家で野球の指導はほとんどしませんでした。
たまに本人から尋ねられたらアドバイスするくらいですかね。
私の方針を押し付けることになるのは避けたかったからです。」引用:日刊ゲンダイ
最後の一文に
指導者らしさが詰まってるね!
父として、そして指導者として、必要以上に口を出さず子どもの自主性を尊重した結果、黒原拓未投手は自主練に取り組むようになりました。
父親の見守る姿勢こそが、後にプロ野球ドラフト1位指名を受けるまでに成長した黒原拓未投手の原点だったのかもしれません。
黒原拓未投手の母親はどんな人?合理主義な一面も!?母親の一言でプロ野球選手を目指していた!?
黒原拓未投手の母親は、千晶さんという名前です。
2021年11月時点で56歳のため、1965年か1964年生まれだと思われます。
黒原拓未投手がドラフト指名された頃は、パートで介護士として働いていました。
黒原拓未投手も幼少期から野球を始めるものと思われましたが、サッカーに興味を持つように。
ただ、後述しますが黒原拓未投手には野球を始めている兄がいました。
そのため、黒原拓未投手にサッカーを始められてしまうと、母親は、兄の少年野球チームの送迎・黒原拓未投手のサッカーチーム送迎とかなり忙しい日々を過ごすことになってしまいます。
そのため、母親は何とか野球を始めてくれるように説得。
「『迷ってるのなら野球でええんちゃう?』
『お兄ちゃんもおるし、心強いよ』と(笑い)」引用:日刊ゲンダイ
母親の説得が無ければ、黒原拓未投手がプロ入りする姿は見られなかったかもしれません。
母親の導きは、野球を始めた後も続きます。
黒原拓未投手は、幼少期に放送されていた「関口宏の東京フレンドパーク」が大好きでした。
プロ野球選手が出演していた回を見ていた黒原拓未投手は、「僕もこれに出てみたい」と発言。
母親は、「プロ野球選手になったら出られるかもよ」と返したところ、
「じゃあなったらええんや!」
引用:デイリー
と返されて驚いたのだとか。
まさか、母親もこの会話でプロ野球選手志望になるとは思っていなかったでしょう。
黒原拓未投手はとにかく白米が大好き。
「拓未は(給食がなかった海南中の)3年ぐらいから『お米さえあれば体をつくれるやろ』と言うので、毎日3合の白米を持たせました。
お米が大好きな子で、お米だけでも食べられるんです。
お弁当のオカズ作りは楽できました(笑い)」引用:日刊ゲンダイ
献身的な母親に、黒原拓未投手は感謝しており、2024年に大幅昇給を勝ち取った際は、母親に家で困っていることや欲しいものを聞いたとのこと。
2026年に復帰して大活躍することが、最大の親孝行になるでしょう。
黒原拓未投手にきょうだいはいる?野球経験者?
黒原拓未投手には、兄が2人います。
2人とも一般人のため、詳しいプロフィールは明かされていません。
1番上の兄は黒原拓未投手の5歳年上、2番目の兄は4歳年上です。
先に2番目の兄が小学2年生の時に野球を始めました。
少し遅れて長男も同じ少年野球チームに入団したそうです。
黒原拓未投手がサッカーを始めるか悩んだ時は、兄も驚いたことでしょう。
黒原拓未投手は学生時代にバイトをせず、野球に専念していました。
そのため、兄から助けてもらう場面も多かったとのこと。
2024年に大幅昇給を勝ち取った際は、「兄に助けてもらった分のお金をまとめて返したい」とコメント。
野球用具を買ってもらっていたのかな?
兄は2人とも、黒原拓未投手の野球人生を応援していたことが伝わってきますね。
黒原拓未投手の復帰登板を、兄も楽しみにしていることでしょう。
黒原拓未投手の父親は野球経験者で少年野球チームのコーチをしていた!母親はプロ野球選手を目指すきっかけを作った!先に野球を始めた2人の兄がいる!
黒原拓未投手の実家家族構成は、両親と5歳年上・4歳年上の兄です。
父親は学生時代に軟式野球とソフトボールの経験があり、結婚後に少年野球チームのコーチを務めています。
あまり息子達へ口出しすることはなく、質問された時のみ助言を送るようにしていたのだとか。
その指導方針が功を奏し、黒原拓未投手は自主練に取り組むようになりました。
親としても指導者としても、良い教育方針だったと言えるでしょう。
兄が先に野球を始めていたため、黒原拓未投手も野球をすんなり始めると思われました。
しかし、野球を始める前にサッカーにも興味を持ちだしたのです。
母親としてはサッカーを始められると、兄と黒原拓未投手の少年チーム送迎はしごという多忙な日々を送ることになってしまうので、野球を始めるように説得。
プロ野球選手を始めるきっかけも何気なく与えており、母親も現在の活躍を嬉しく思っているでしょう。
黒原拓未投手は学生時代から白米が大好き。
高校3年生の時は、毎日黒原拓未投手のために3合の白米を炊いていたそうです。
母親だけでなく、兄も黒原拓未投手の野球人生に献身的。
学生時代バイトをしなかった黒原拓未投手を、助けてくれたこともあったそうです。
2024年に大幅昇給を勝ち取った際は、家族の困っていることを聞き、学生時代に助けてもらった分兄へまとめて返そうとしていた黒原拓未投手。
黒原拓未投手の復帰を、家族も楽しみにしていることでしょう!
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