羽月隆太郎選手は、2018年ドラフトで広島から7位指名された内野手です。
50秒5.7という俊足の持ち主で、ミート力も高いためトリプルスリー達成が目標だと語っています。
プロ野球選手としてはかなり小柄で、身長167cm、体重70kg。
体格が恵まれない野球少年にとって、羽月隆太郎選手の存在は希望になっていることでしょう。
2025年から背番号69から00に変更。
羽月隆太郎選手は背番号変更を「0からのスタート」と位置づけ、レギュラー奪取に燃えています。
しかし、2025年5月現在、ショートに矢野雅哉選手、セカンドに菊池涼介選手と、広島は二遊間をほぼ固定している他、育成の星二俣翔一選手、支配下昇格が期待されている前川誠太選手など、二遊間争いはかなり熾烈です。
レギュラー奪取できるような活躍を期待したいですね。
今回は、羽月隆太郎選手の実家家族について調査しました!
兄が驚きの職業だったので、是非最後までご覧ください♪
同じく二遊間レギュラーを争う選手たちの記事はこちら♪
羽月隆太郎選手は母子家庭で育った?噂の理由は父親の情報がないから?
羽月隆太郎選手の父親の情報は、名前や年齢含め一切出回っていません。
また、父親が取材に応えることもなく、羽月隆太郎選手も父親の存在について言及したことがないため、母子家庭で育ったのではないかと噂されています。
一方で、羽月隆太郎選手は、2021年の自身の誕生日にこのような投稿をしていました。
文章からは、母親だけでなく父親にも感謝していることが伝わってきます。
あまり情報が明らかになっていないだけで、現在も関わりがあり仲良くしているという可能性はありそうですね。
両親が離婚し父子家庭で育ったものの、母親と毎日のように電話している石川亮選手がいい例です。
羽月隆太郎選手がレギュラーとに定着すれば、父親の話も出てくるかもしれません。
今後父親の情報が出てきた場合は追記していきますので、楽しみにしていてくださいね♪
羽月隆太郎選手の母親はどんな人?羽月隆太郎選手は学生時代から人気者!母親だからこそ知る羽月隆太郎選手の性格は?
羽月隆太郎選手の母親は、明美さんという名前です。
テレビ番組「全力応援スポーツLOVERS」でも顔出ししており、とても美人でびっくりしました!
年齢は明かされていませんが、羽月隆太郎選手の年齢を考えると、1975年前後生まれではないかと思われます。
母親は、羽月隆太郎選手の性格について、
「卒業式では誰よりも号泣するほど涙もろくて、友達がすごく多い子です。
授業参観の時に様子を見ましたが、グループワークみたいなものが始まると、クラスメートが一斉に隆太郎の机に集まっていた。」
と語っています。
羽月隆太郎選手は、広島のムードメーカーとして知られています。
幼少期から人気者だったのであれば、納得ですね。
羽月隆太郎選手は、クラスメイトからあまりに人気が高すぎた結果、高校で寮生活する前は感動の出来事も。
「高校は宮崎を離れて、鹿児島県の神村学園で寮生活をすることになっていましたが、出発の日には男子も女子も、クラスの全員が家までお見送りに来てくれたんです。」
一方で、母親には塩対応なのか、用事があるときぐらいしか母親に連絡しないようです。
高校時代から母親は手紙を送っているそうで、息子への愛情が伝わってきます。
2021年5月8日にプロ入り後初ホームランを放った羽月隆太郎選手は、母親に記念球を送っています。
母親との関わる上でに、少し照れくさい面もあるのでしょうか。
母親は連絡の少なさについて「寂しい」と漏らしていたので、羽月隆太郎選手には母親への連絡頻度を上げてほしいですね!
羽月隆太郎選手にきょうだいはいる?兄が驚きの職業だった!坊主になったのは兄がきっかけ!?
羽月隆太郎さんには、6歳年上の兄が1人います。
智彦さんという名前で、現在の職業はなんとお坊さん!

2020年、羽月隆太郎選手は坊主頭になったのですが、兄の勧めがあったとのこと。
羽月隆太郎選手の実家は宮崎県であるものの、兄は幼少期から広島の大ファン。
新井貴浩監督が新人の頃が坊主頭だったこともあり、兄は自身と同じになるよう勧めていたそうです。
2020年3月に死球を受けて鼻を骨折してしまった羽月隆太郎選手。
試合に出られない日々が続いたことで悔しい思いをしました。
そのため、気合を入れ直すために坊主にし、野球に全力で打ち込むと誓ったのです。
羽月隆太郎選手の気合が通じたのか、2020年8月7日に1軍戦初出場。
4打数2安打3打点という、好成績でデビューを飾れました!
羽月隆太郎選手の実力もありますが、兄の坊主頭を勧めるというアドバイスが効いていたようですね。
もし、羽月隆太郎選手に不調な時期が続けば、再び坊主頭が見られるかもしれません。
兄は、幼少期の羽月隆太郎選手に対し、大喧嘩を挑まれたことが何度もあるとのこと。
6歳年上の兄はもちろん手加減はしていたものの、力が強くて驚いたそうです。
幼少期から力が強かった羽月隆太郎選手は、中学生になる頃には兄よりも力が強くなっていたのだとか。

羽月隆太郎選手が中学生になる頃には、
とても兄弟仲が良くなっていたみたいだよ!

中学生の羽月隆太郎選手から喧嘩を挑まれたら、
お兄さんは勝てなかったかもしれないね。
羽月隆太郎選手の兄は元球児!兄からは超献身的なサポートを受けていた!
羽月隆太郎選手は、野球を始めたきっかけについて、
「きっかけは6歳年が離れた兄がもともと野球をやっていたことです。
野球を始めたのは小学2年生の頃で、その前は水泳も少しやっていたんですが、すぐに野球一本になりました」引用:ATHELETE WEB
と語っており、兄が影響しているようです。
しかし、兄は高校から野球をやめてしまっています。
一時はプロに憧れがあったという兄。
ただ、高校で部活動禁止の特進クラスに進んだのをきっかけに、野球から離れることになってしまいました。
兄は、羽月隆太郎選手にプロ入りの夢を託し、全力応援。
羽月隆太郎選手が試合に出ることがあれば観戦に駆けつけ、動画を撮影。
元球児として、羽月隆太郎選手にアドバイスをしていたのだそうです。

和歌山県で練習試合があるときは、
東京から新幹線で駆け付けたみたいだよ!

絶対にプロになってほしかったんだろうね!
羽月隆太郎選手がプロ入りしてからも、全試合録画して打撃の動画を送っているという兄。
2020年に羽月隆太郎選手が坊主にしたのと同時期には、活躍できるようにと祈祷をした数珠をプレゼントするというお坊さんらしいエピソードの持ち主でもあります。
次はレギュラー定着を勝ち取れるよう、祈祷した数珠をプレゼントしてほしいですね♪
羽月隆太郎選手の母親は寂しがり屋?兄はお坊さんで
羽月隆太郎選手の実家家族構成は、母親と6歳年上の兄だと思われます。
父親の情報が一切出ていないため、母子家庭で育ったのではないかと言う噂があります。
しかし、羽月隆太郎選手が誕生日を迎えた際には、「親に感謝しています」とSNSに投稿されていました。
今も何らかの形で、父親と関わりがあるかもしれません。
母親は羽月隆太郎選手の性格について、クラスの人気者だったと語っています。
高校から寮生活になった羽月隆太郎選手に対し、母親は手紙を送っていたとのこと。
しかし、羽月隆太郎選手からは用事があるときしか連絡がこず、手紙を送っても「ありがとう」で終わらされるので、母親は寂しく感じているようです。
ただ、羽月隆太郎選手はプロ1号のホームランボールを母親にあげると宣言していました。
仲が悪いということは無いでしょう。
兄は熱狂的な広島ファンで、羽月隆太郎選手にプロ入りしてもらうため、学生時代から全試合観戦していたようです。
また、2020年3月に羽月隆太郎選手が丸坊主になったのと同時期に、兄は活躍できるようにと祈祷をした数珠をプレゼントしているようです。
約半年後に羽月隆太郎選手が1軍戦デビューしたことを考えると、丸坊主や数珠に効果があったような気がしてきますね。
現在もサポートしてくれる兄のためにも、羽月隆太郎選手はレギュラーに定着してほしいですね!
最後までご覧いただきありがとうございました!
サムネ
HKT3012, CC BY-SA 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0, ウィキメディア・コモンズ経由で