井坪陽生選手の今季1軍昇格に歓喜した阪神ファンは多いのではないでしょうか?
井坪陽生選手は、阪神で未来のセンターを担うと期待されている外野手です。

ちなみに名前は陽生(ひなせ)って読むよ!

太陽のような明るく元気に
世界を照らす存在になってほしい
というご両親の思いが込められているよ!
2025年の初1軍デビューでは、なんと近本光司選手の代役としてセンターを任されました!
堅実な守備でチームを救い、初安打も記録。
阪神のリーグ優勝後も1軍に召集されており、現在固定されていないレフトを担う可能性もあります。
今回は阪神期待の若手外野手、井坪陽生選手の家族エピソードについて調査しました!
若虎の知識を増やしたい方は、是非最後までご覧ください♪
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井坪陽生選手の父親はどんな人?野球経験者?幼少期から息子の野球人生を応援!
井坪陽生選手の父親は、英彦さんという名前です。
2022年12月時点で54歳だったことから、1968年生まれだと思われます。
職業については明かされていませんでしたが、一般企業勤めの可能性が高いでしょう。
顔写真は公開されており、井坪陽生選手にそっくりだと感じました!
プロ野球選手の父親は野球経験者が多いイメージがありますが、井坪陽生選手の父親に野球経験はありません。
ですが、息子に野球をしてほしいという思いはあったようです。
父親の知人が少年野球チームのコーチをしていたこともあり、見学に連れて行ったところ井坪陽生選手は野球にすぐにハマりました。
4歳からTボールを始めて野球にのめり込んだ井坪陽生選手は、練習を嫌がることは一度もなかったとのこと。
父親も息子の野球人生を応援し、自宅の庭にお手製の打撃ネットを設置。
野球経験はないため息子に指導はできなかったと思いますが、なんとか野球人生をさせたいという父親の気持ちが伝わってきますね!
現在も実家帰省した際、井坪陽生選手は実家の打撃ネットを使って練習していることでしょう。
また、井坪陽生選手は父親が毎年連れて行ってくれる伊豆旅行が好きだったのだとか。
今年1軍昇格を果たしたこともあり、お祝いに連れて行ってもらえるかもしれませんね!
井坪陽生選手の母親はどんな人?1番好きな母親の手料理はプロ入り後に封印!?幼少期から自分を貫く姿勢に母親も驚き!
井坪陽生選手の母親は、朋子さんという名前です。
2022年12月時点で53歳だったため、1969年生まれだと思われます。
職業は保育士です。
母親が保育士ということもあり、井坪陽生選手はしっかり躾けられていそうですね。
井坪陽生選手が1番好きな母親の手料理は唐揚げ。
しかし、太りやすい体質ということもありプロ入り後は封印しています。
鶏むね肉や納豆オムレツなど、たんぱく質中心の食生活を心掛けているそうです。
公式プロフィールによると、井坪陽生選手の好きな食べ物は、伊勢海老と寿司。
帰省した際は、お寿司がたくさん用意されているかもしれませんね。
母親は、保育園児の頃から井坪陽生選手の独特の世界観に驚かされてきました。
「馬に乗って保育園に行ってみたいと言ったり。
小学校の時に『野菜を知ろう』みたいな授業で畑に行ったのに、畑で飼っていたヤギに興味持って。
『畑のおじさんと交渉して良いって言われたんだけど家でヤギ飼って良い?』とか(笑)」引用:デイリー

井坪陽生選手からすれば、
野菜よりもヤギの方がよかったんだねw
井坪陽生選手が保育園児の頃、母親は保育園に訪問し園児が描いたかき氷の絵を見ていました。
イチゴ味やソーダ味のかき氷を同級生が書く中、井坪陽生選手が描いたのは真っ黒なかき氷。
母親は本気で心配してしまったそうです。
しかし、井坪陽生選手に何故真っ黒なかき氷を描いたのか聞いてみると、
「だって、このあいだコーラのかき氷を食べたじゃん」
引用:サンスポ
としれっと回答され、母親は感心したのだとか。
「周りに合わせるのではなく、自分の思い、経験したことを絵にしていました。
みんながピンクだから俺もピンクっていう考えはなかったですね」引用:サンスポ

幼少期から自分の考えを貫く精神があったからこそ、
井坪陽生選手はプロ入りできたのかもしれないね!
母親は、プロ入り後も井坪陽生選手には自分を貫き、活躍してほしいと考えていることでしょう。
井坪陽生選手にきょうだいはいる?幼少期は喧嘩ばかりしていた!?家での練習にはきょうだいの協力も!
井坪陽生選手には、姉が1人、兄が1人います。
姉は日和(ひより)さんという名前で、1999年生まれだと思われます。
姉は野球こそやっていなかったものの、共働きの両親に代わり、弟たちにトスを投げ自主練に協力。
高校時代は吹奏楽部に入っており、甲子園で応援に参加したこともあるそうです。
野球に携わる生活が気に入ったのか、現在も社会人をしながら草野球のマネジャーを務めているのだとか。
ここまで野球好きの姉であれば、井坪陽生選手の1軍昇格は本当に喜んでくれたことでしょう。
兄は朝陽(あさひ)さんという名前で、年齢は井坪陽生選手の1学年上です。
井坪陽生選手と同時期に野球を始めた兄ですが、幼少期は喧嘩ばかり。
母親によると、兄弟でキャッチボールをするのが日課になっていたのですが、どちらかが暴投するとケンカに発展していたようで、
「仲良く行ってきますと言って家を出て、3分ぐらいで家に帰ってくるのが常でした」
引用:スポニチアネックス
とあまりに早すぎる喧嘩勃発に思わず苦笑いしていたのだとか。
そして、あまりにも喧嘩が多く、真似をしだしてケンカに発展するというのが原因で、井坪家では戦いを連想させるテレビ番組の視聴が禁止になってしまいました。
ただ、兄がライオンズJr.に選ばれ、自身が選考落ちという出来事を経験。
それから井坪陽生選手は、兄のように代表に選ばれたいと思うようになりました。
今まで以上に練習に一生懸命取り組むようになった井坪陽生選手は、U-15アジアチャレンジマッチ日本代表に選出。
井坪陽生選手の努力のたまものですが、兄のおかげで負けず嫌いな気持ちに火が付き、プロ入りできたともいえるでしょう。
井坪陽生選手は野球好きの姉と兄に囲まれて育った!父親は手作りの打撃ネットを設置!母親の唐揚げが好きだがプロ入り後は封印中!
井坪陽生選手の実家家族構成は、両親と姉1人、兄1人です。
父親に野球経験はないものの、息子達に野球をやらせたかったとのこと。
父親が息子達を少年野球チームの見学に連れて行ってから、井坪陽生選手の野球人生はスタートしました。
息子達のために、父親は自宅の庭に打撃ネットを設置。
家で打撃練習をする際は、姉がトスを投げてくれていたそうです。
母親によると、井坪陽生選手は昔から自分を貫く性格だったとのこと。
馬で保育園に通いたいと言い出したり、ヤギを飼いたいと言い出したりと、独特な世界観に保育士をしている母親も驚いていたようです。
井坪陽生選手が1番好きな母親の手料理は唐揚げ。
しかし、太りやすい体質のため、プロ入り後は唐揚げを封印しています。
ただ、今年帰省したときぐらいは唐揚げを食べてほしい気持ちになりますね。
兄も野球経験者であり、井坪陽生選手と同時期に野球を始めました。
しかし、幼少期はよくケンカしていたそうです。
あまりにケンカが多いため、井坪家では戦いを連想させるテレビ番組の視聴が禁止に。
兄は現在プロ入りはしていないものの、ライオンズJr.に選ばれるほどの実力者です。
兄はライオンズJr.に選出され、自身は選考落ちという悔しい思いをした井坪陽生選手は、練習に熱心に取り組み、しU-15日本代表に選ばれ、プロ入りも果たしました。
兄弟げんかばかりだった日々も、全く無駄ではなかったように思えますね。
最後までご覧いただきありがとうございました!