花田旭選手は、2025年に行われたドラフト会議で、中日から6位指名を受けてプロ入りした外野手です。
大学時代はベストナインに輝くほどの活躍を見せ、走攻守揃った大型内野手として注目されています。
プロ1年目でありながら、2026年4月4日に早速1軍昇格すると、プロ初安打を記録。
4月11日には初ホームランを放っており、早くもレギュラー候補に挙がっています。
プロ1年目からスタメン入りできる実力の持ち主である花田旭選手ですが、運動神経の良さは家族にも秘密がありそうです。
今回は、中日で今大注目のルーキー、花田旭選手の家族エピソードについて調査しました!
ぜひ最後までご覧ください!
中日で4番打者として活躍している細川成也選手の家族についての記事はこちら!
花田旭選手の父親はどんな人?野球経験者?左打ち転向を拒否!?
花田旭選手の父親は、徹さんという名前です。
2025年12月時点で54歳のため、1971年生まれだと思われます。
父親は高校まで野球を続けていました。
そのため、自然と花田旭選手にも野球を始めてほしいと思っていたのか、なんと2歳のクリスマスプレゼントにおもちゃの捕手用ミットとマスクをあげたそうです。

お父さん気が早すぎるよ笑
野球経験者の父親が、花田旭選手の素質を見抜いたのは小学1年生の時のこと。
父親はプロ野球を観戦して、うまい選手の真似をするようにこの頃からアドバイスしていました。
実家が大阪ということもあり、阪神戦を観戦する機会が多かった花田旭選手。
父親とキャッチボールをした際、藤川球児投手の投球フォームを真似て、15m先のミットにずっしり響くボールを投げ込んだそうです。
その時の事を父親は今も鮮明に覚えており、「息子はプロ野球選手になれるかも」と思い始めました。
花田旭選手には小学2年生で転機が訪れました。
足の速さも評価されたため、より一塁に近くなる左打ちへの転向を打診されたのです。
しかし、父親は、
「右打ちなら左手をうまく使いやすい。そのままやらせてあげてください」
引用:中日スポーツ
と断りました。
高校時代は左手を使った器用なバットコントロールに驚かれたとのこと。
父親の決断は、間違いなく花田旭選手の野球人生にプラスに働いています。
この左打ち転向を断ったからこそ、プロ入り直後にホームランを記録したのかもしれません。
花田旭選手の中日入団後父親からかけられたまさかの言葉とは!?
息子がプロ野球選手になるところを15年間思い描いていた父親。
2025年のドラフト会議で花田旭選手の名前が呼ばれた際、大号泣していたそうです。
花田旭選手自身も泣いており、父親の様子を母親から伝え聞き驚いたのだとか。
親子の夢がかなった瞬間だったと言えるでしょう。
中日新入団選手会見で、花田旭選手は自身の背番号57を披露。
背番号の話を父親にした際、思わぬ返答が。
「彦野さんやないか!」
引用:中日スポーツ
父親の発言通り、中日で1983年から活躍した外野手、彦野利勝選手がつけていた番号でした。
他にも平野謙選手など、中日の歴代外野手がつけてきた番号だったそうです。
父親の反応をみた花田旭選手には新たな目標ができました。
「ゆくゆくは1桁をもらえたらうれしいですけど、この背番号でしっかりと結果を出すことが今の目標。
57番と言えば『花田やん』と言われるように頑張りたいです」引用:中日スポーツ
すでにプロ1年目でスタメン、ホームランと結果を残している花田旭選手。
57番=花田旭というイメージをつけられるように頑張ってほしいですね!
花田旭選手の母親はどんな人?登場曲には母親の趣味が反映されていた!
花田旭選手の母親は、敏子さんという名前です。
1970年生まれで、両親は同級生だそうです。
花田旭選手の両親が出会ったのは、父親が高校球児、母親がマネジャーの関係というドラマのような馴れ初めだったのだとか。
お互いに野球に関わりある人生であれば、花田旭選手に2歳で捕手用ミットとマスクを買い与えるのも、少し分かる気がしますね。
母親は、ちょうど花田旭選手が取材を受けているタイミングで寮室を訪れており、親子揃って部屋でボケるポイントを探すという微笑ましい姿を見せていました。
大阪人過ぎるよ笑
母親はサプライズを行うのが好きな楽しい性格の人です。
花田旭選手は入寮の際、母親からメッセージカードを渡されました。
大学時代のチームメイト等に声をかけ、花田旭選手へのメッセージを集めてくれていたそうです。
人へサプライズを行ってきた母親ですが、花田旭選手へのサプライズは初めて。
花田旭選手も、メッセージカードを見て、いろんな人の思いを背負ってプロ野球選手になったと感じたそうです。
花田旭選手が登場曲に選んだのは、DREAMS COME TRUEの「何度でも」。
これは、母親が大好きな曲だそうです。
登場曲に込められた母親の思いが通じたのか、花田旭選手は母親が応援する前でホームランを放つことができました。
「(母の前で)あまり(ホームランを)打てたことがなかったので、良かった」
ホームランボールは家族にプレゼントするという花田旭選手。
思い出の曲として、ずっと登場曲に使い続け、「何度でも」ホームランを打ってほしいですね!
花田旭選手にきょうだいはいる?きょうだいもスポーツをしていた!
花田旭選手には、兄が1人、姉が1人います。
兄は駿さんという名前で、花田旭選手の9歳年上です。
姉は瑞季さんという名前で、花田旭選手の6歳年上です。
花田旭選手は兄・姉ともに小学校すらかぶらないほど年が離れているため、幼少期はかなり可愛がられたのではないでしょうか。
兄は高校まで野球をしており、姉もソフトボール経験者。
幼少期は兄・姉と一緒に練習をしていたかもしれません。
顔写真は公開されていませんが、兄・姉も両親と共に試合の応援に駆けつけてくれたそうです。
兄も姉も社会人になる年齢のため、休みを合わせるのは難しいと思いますが、特に実家の大阪に近い甲子園や京セラで試合をする場合は、両親と共に花田旭選手の応援にかけつけてほしいですね!
花田旭選手はスポーツ一家に育った!父親はドラフト指名直後に号泣!母親はサプライズ好き!兄は元球児で姉はソフトボール経験者!
花田旭選手の実家家族構成は、両親と、9歳年上の兄、6歳年上の姉です。
父親と兄は元球児、姉はソフトボール経験者、母親は父親が所属していた野球部でマネジャーをしていたというスポーツ一家で、花田旭選手は育ちました。
姉・兄とは年齢が離れており、幼少期は一緒に練習をしていたかもしれません。
父親は、2歳の花田旭選手に対しおもちゃの捕手用ミットとマスクを送るほど、野球をしてほしいと考えていたようです。
そして、小学1年生の時にキャッチボールで披露した花田旭選手の投球を見て、プロ野球選手になれると確信しました。
2025年ドラフト会議で夢がかなった瞬間、父親は号泣していたそうです。
母親は寮にも遊びに来ており、花田旭選手にサプライズでメッセージカードをプレゼント。
花田旭選手はメッセージを見て、いろんな人の思いを背負ってプロ野球選手になっていると感じていました。
花田旭選手は登場曲に母親が大好きなDREAMS COME TRUEの「何度でも」を選曲。
母親やメッセージを書いてくれた人たちの思いが通じたのか、花田旭選手は早くもホームランを放つ活躍を見せています。
家族は、学生時代も花田旭選手出場の試合の応援に駆けつけていました。
特に、実家から近い甲子園や京セラで試合をする際は、現地観戦してくれるかもしれません。
最後までご覧いただきありがとうございました!