岡林勇希選手は、中日きってのリードオフマンとして知られています。
2019年のドラフト会議で、中日から5位指名を受けてプロ入り。
2022年からは外野手としてゴールデングラブ賞を取り続け、2023年には最多安打のタイトルを獲得しました。
これは、21世紀生まれの選手として初めての打撃タイトル獲得でした。
2024年は怪我があったものの、2025年に再び最多安打のタイトルを獲得。
2025年シーズン終了後の契約更改では、球団最速での年俸1億円突破と共に、結婚も発表しました。
公私ともに順風満帆な岡林勇希選手は、どのような家庭で育ったのでしょうか。
今回は、岡林勇希選手の実家家族について調査しました!
ぜひ最後までごらんください♪
岡林勇希選手の父親はどんな人?野球経験はある?
岡林勇希選手の父親は、弘樹さんという名前です。
2022年4月時点で48歳のため、1973年か1974年生まれだと思われます。
父親の職業は名言こそされていませんが、岡林勇希選手が父の日にメッセージを寄せた際、
「もっと活躍して高性能のコンバインを買ってあげます!」
引用:スポーツ報知
との一文が記載されていたため、現在は農家ではないかと思われます。
父親にも野球経験があり、社会人野球のサンジルシ醸造でも活躍しました。
ポジションは外野手と投手。
岡林勇希選手も現在外野手として活躍しており、父親の教えはためになったことでしょう。
ただ、父親は家の中では極力野球の話をしないよう気を付けていたと言います。
「どうしても説教になってしまうから。野球は楽しいもんやと思ってほしかった」
引用:中日新聞
岡林勇希選手はのびのび野球を続けられたんだね!
熱血指導は我慢していた父親は、今となっては岡林勇希選手のファンの1人になったと自負。
2022年、岡林勇希選手が球団タイ記録となる25試合連続安打を達成した際は、
“本当に、「おめでとう」という言葉しか出てこないです。
プロ4年目で、まさか、こんなに早く球団記録を持つ選手になるとは、考えもしなかったです。”引用:スポニチアネックス
と祝福のメッセージを寄せていました。
父親は、これからも岡林勇希選手の応援を続けることでしょう!
父親が明かした岡林勇希選手の学生時代のエピソードは?
家の中では野球の話を控えていたという父親。
ただ、一切岡林勇希選手の野球に口出ししていなかったというわけではありません。
岡林勇希選手によると、幼少期は毎日のように18時半から実家にあるティーネットを使って打撃練習を行っていたそうです。
岡林勇希選手も子供ながら、父親の口出ししたくないという思いをしっかり感じていたようで、
「小学2年から始めた野球ですが『絶対、プロ野球選手になれ!』という感じではなく『好きなようにやればいい』と背中を押してくれました。」
引用:スポーツ報知
と父親の姿勢に感謝していました。
今の岡林勇希選手を見ていると想像は尽きませんが、幼少期はメンタルが弱く、試合で初回凡退するとふてくされてしまうこともあったとか。
それでも、幼少期から野球センスを持ち合わせており驚かせたことも。
父親が、岡林勇希選手の兄に打撃を教えていたところ、岡林勇希選手は話を聞いただけですぐにできてしまったというのです!
幼少期から物分かりが良かったんだね!
また、幼少期から負けず嫌いで、練習を継続する力を持ち合わせていたそうです。
岡林勇希選手には、社会人野球で活躍した父親の遺伝子がしっかりと受け継がれたようですね♪
岡林勇希選手の母親はどんな人?母親の前で好守備を見せたことも!母親の思い出の味は?
岡林勇希選手の母親は、幸恵さんという名前です。
2022年4月時点で47歳であり、8月に誕生日を迎えると明かされているため、1974年生まれだと思われます。
岡林勇希選手を料理でサポートし続けたのは、ほかならぬ母親です。
高校時代は寮生活だった岡林勇希選手に、車で約1時間かけて試合の応援に駆け付け、タッパーに料理を入れて持ってきてくれたとのこと。
岡林勇希選手は、母親が持ってくる料理を楽しみにしていたそうです。
また、試合翌日に食べる用のパンやお菓子も持ってきていたようで、とても思いやりのある母親であることが想像できます。
現在もキャンプや試合を見に来るという母親。
2022年8月の母親の誕生日に行われた試合では、1試合で2度もホームでアウトにする好送球を披露しており、母親は感激していたと言います。
中日で大活躍を見せる岡林勇希選手に対し、母親は、
「『本当にうちの子かな』って思う。夢を見てるのかな」
「今が一番楽しそうで生き生きしている」引用:中日新聞
と嬉しそうなコメントをしていました。
岡林勇希選手にとって、母親の手料理と言えば味噌汁。
かなり王道の答えですね。
麹味噌を使い、玉ねぎ・豆腐・わかめという具が入ったお味噌汁で、自分でも作ることがあるそうです。
「だしを取って作るだけなので簡単にできます。」
引用:日刊スポーツ
…と岡林勇希選手は言うものの、味噌汁を作れない男性は日本にごまんといるような気がします。
岡林勇希選手は、幼少期から母親から料理を教わっていたのでしょう。
2025年末には結婚を発表した岡林勇希選手。
オフシーズンは、妻に料理を振る舞うこともあるかもしれませんね♪
岡林勇希選手の兄は元プロ野球選手!?
岡林勇希選手には、兄が1人います。
兄は飛翔(つばさ)さんという名前で、岡林勇希選手の2学年上です。
かなり岡林勇希選手にそっくりな顔なので、一目見ただけで兄弟だと分かりそうです。
元プロ野球選手であり、2017年ドラフト会議では広島から育成1位指名を受けて入団しました。
しかし、プロ入り後はイップスに苦しんでしまい、2019年に現役引退。

引退後は國學院大學に合格し、教員免許取得や野球の指導者を目指していました。
2024年からは総合スポーツ用品ブランドであるSSKの社員になっています。
SSKは岡林勇希選手もアドバイザリー契約を結んでいる会社であり、兄弟揃ってSSKに縁があるようです。
兄はアマチュア野球選手をサポートする部署に属しており、少年野球チームに指導したことも。
岡林勇希選手とは違う舞台ではありますが、兄の野球好きは変わっていないようですね♪
岡林勇希選手にとって、兄は自身の目標でした。
母親によると、岡林勇希選手がずっと練習を続けられたのは、兄の背中をずっと追いかけていたからとのこと。
岡林勇希選手は高校時代に二刀流で活躍していたこともあり、投手と野手どっちに専念するかを決める必要がありましたが、兄は、
「直接伝えたことはないですが、長く選手を続けるために打者で勝負してほしかった」
引用:中日スポーツ
と考えており、思いが通じたのか野手専念。
兄の観戦中に、岡林勇希選手は自身初の1試合4安打2盗塁を記録する大活躍を見せました。
現在の岡林勇希選手の活躍について、
「僕はプロで成功できなかった。
でも勇希が活躍してくれれば、ずっと一緒にやってきた僕の過去も間違ってないと証明してくれる気がして」引用:中日スポーツ
と心から喜んでいる様子でした。
現在は仕事で忙しいとは思いますが、また観戦しに来てほしいですね♪
岡林勇希選手には双子のきょうだいがいた!?似てる?仲良すぎエピソードも!?
岡林勇希選手には、兄だけでなく妹も1人います。
妹は紗彩さんという名前で、岡林勇希選手と同い年。
現在は保育士として働いています。
二卵性双生児ですが、妹の笑顔はかすかに岡林勇希選手の面影を感じさせます。
中日公式Xでも、2人揃って成人式に参加する姿が話題になりました。
子供の頃から2人は仲が良く、妹も「兄だけど友達みたいな存在」と岡林勇希選手について語ったことがあります。
そのため、大人になってからも2人で出かけることも少なくないのだとか。
兄2人が幼少期から野球に打ち込んでいたものの、妹はあまり野球に興味がわきませんでした。
ただ、岡林勇希選手の活躍を同僚から聞くようになり、現在は日本一のファンを自称する程に。
休みが合えば、現地観戦にも出かけています。
熱心に応援してくれる妹に対し、岡林勇希選手はおもてなしを行ったことも。
妹が遊びに来た際、岡林勇希選手は味噌汁・唐揚げ・ポテトチップスを手作りしてくれたんだそうです!
ポテトチップス手作りはすごいよね!
食べたくなったら
買ってきたらいいかってなっちゃう。
現在の妹にとって、岡林勇希選手の活躍は自分のモチベーションに繋がっており、岡林勇希選手も妹にとって誇れる存在でありたいと思っているようです。
打撃タイトルを2度も獲得している兄は、妹にとって誇りであり続けるでしょう!
岡林勇希選手が家族総出で年1回は行く!?行きつけの名店とは?
三重県松坂市出身の岡林勇希選手。
好きな地元グルメを聞かれた際、
「一升びんでしょ。肉でしょ」
引用:TBS NEWS DIG
と笑顔で即答。
一升びんの川井町店には、幼少期から毎年のように通っており、焼肉に行くとなった際は一升びんを選ぶのが家族の定番だったとのこと。
あまりに一升びんに通いすぎて、岡林勇希選手は味噌だれ以外の選択肢を知らなかったそうです!
「だから愛知に来て、いろいろなタレがあってびっくりしましたね。
基本みそダレだったので」引用:TBS NEWS DIG
岡林勇希選手の一升びんのお気に入りポイントは、上品な味わいのお肉なのにリーズナブルなところだそうです。
ちなみに、一升びん 川井町店の場所はこちら!
遠方からでも、松坂駅行きの高速バスや路線バスを使えば楽に行けます♪
店内には、岡林勇希選手のサイン色紙、サイン入りバッティンググローブが飾られているそうです!
岡林勇希選手のファンの方は、聖地巡礼に出かけてみてはいかがでしょうか?
岡林勇希選手の父親と兄は野球経験者!母親は料理上手で幼少期から料理を教わっていた?妹とは大の仲良しで手作り料理をふるまったことも!
岡林勇希選手の実家家族構成は、両親と2学年上の兄1人、双子の妹です。
父親は社会人野球で投手と外野手を兼任して活躍していました。
小学2年生の時に岡林勇希選手は野球を始めました。
父親は野球を楽しいものと思ってほしいという思いから、家の中ではあまり野球の話をしなかったそうです。
幼少期の息子達の打撃練習には、毎日つきあって指導。
岡林勇希選手は、試合で初回凡退するとふてくされてしまうこともあったようですが、父親が兄に教えていることを聞いてすぐに実行できるぐらい、野球のセンスがある子供だったそうです。
母親は料理上手であり、岡林勇希選手が寮生活を送っていた頃も車で1時間かけ差し入れしていたのだとか。
母親の誕生日の試合では、2度も好送球を見せて家族を魅了しました。
岡林勇希選手の兄は元プロ野球選手。
現在は岡林勇希選手の野球道具を提供するSSKの社員として働いています。
岡林勇希選手には保育士として働く双子の妹がおり、2人で出かけることがあるほど仲良し。
休みが合えば、観戦に出かけるほどの大ファンです。
岡林勇希選手の家に遊びに行った際、妹は手作りの味噌汁・唐揚げ・ポテトチップスを振る舞ってもらったと明かしています。
料理が上手くてプロ野球選手なんて、非の打ちどころがありませんよね。
岡林勇希選手の結婚により、妹が遊びに行く頻度は減りそうですが、妻とも仲良くしてくれることでしょう!
最後までご覧いただきありがとうございました!