曽谷龍平選手の家族エピソードを調査!オリメン投票2025で初のTOP10入り!父親もイケメン?母親はどんな人?きょうだいはいる?

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曽谷龍平選手は、オリックスに所属している投手です。

2022年ドラフト会議前に、オリックスが1位指名を公言。

公言通りにオリックスは曽谷龍平選手の1本釣りに成功しました。

プロ1年目から10登板を果たし、2024年シーズンからは先発転向。

防御率2.34という成績を残せたものの、不運にも曽谷龍平選手が登板した際に援護が足りず、なんとパ・リーグトップの11敗を記録してしまいました。

何でも知りたい女の子
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勝敗は関係ないっていう人もいるけど、
最多敗戦投手となっちゃうと気になるよね…

解説お兄さん
解説お兄さん

2025年シーズンこそは、2桁勝利を期待したいね!

オリックスの安定した投手陣に、プロ1年目から入り込んだ曽谷龍平選手。

2025年に行われたオリメン投票では、メガネが似合う選手というコンセプトで投票され9位にランクイン。

女性ファンの心も掴んでいるようです。

今回は、曽谷龍平選手の実家家族について調査しました!

ぜひ最後までご覧ください♪

ちなみに、曽谷龍平選手の高校時代の1学年後輩は、阪神でデビューしていますよ!

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曽谷龍平選手の父親は野球経験者?息子を支えた献身的なサポートとは?

曽谷龍平選手の父親は、博一さんという名前です。

生年月日は1973年10月5日です。

父親は実家がある奈良県生駒郡斑鳩町の役所勤め。

役所では、防災などの危機管理を担当しているそうです。

役所勤めになる前は、高校球児で捕手を務めていた父親ですが、曽谷龍平選手に野球を始めるよう押し付けたことは無いのだとか。

小中学生の頃、曽谷龍平選手が所属していた野球チーム、志貴ボーイズの当時の監督は、父親の献身的なサポートに「野球パパのお手本」と絶賛していました。

「龍平のお父さんは野球パパのお手本のような人。
応援に熱が入りすぎることなく、温かく見守るような方でした」

引用:日刊ゲンダイDIGITAL

曽谷龍平選手は、学生時代から物を大切にする選手であり、グラブやスパイクをしっかり磨き、野球についての気付き・目標を書き、監督に毎週提出する野球ノートは、1日も忘れることなく綺麗な字でびっしりと書かれていたのだそうです。

しっかり野球についての教育がされていたのが伝わってきます。

プロ入りした現在も、チームメイトからロッカーが綺麗だと評判な曽谷龍平選手。

道具の手入れや野球に関する分析も続けているのではないでしょうか。

小学生の頃は、野球チームのコーチを務めていた父親ですが、曽谷龍平選手に特別な指導をしたことはないとのこと。

「心掛けたのは個々が上達することとケガをさせないこと。
書店に行ってはトレーニング教本を買い、長く野球をやってもらいたいという思いでグラウンドに立っていました。」

引用:日刊ゲンダイDIGITAL

スパルタ指導を行わず、良い距離感で教えてくれる父親がいたからこそ、曽谷龍平選手は野球を嫌にならず続けられたのかもしれませんね!

曽谷龍平選手がデビューしてからも父親との絆は健在!オリックス戦に何度も足を運び初勝利の瞬間を目撃!

曽谷龍平選手は、2023年6月7日に先発投手としてデビューしました。

しかし、なかなか勝ち星に恵まれず、初勝利を記録できずにいました。

初勝利を記録したのは、レギュラーシーズン最終戦となった10月7日。

ソフトバンクを無失点に抑える好投を見せ、ヒーローインタビューを受けていました。

初勝利の試合は、両親や親戚を含め9人で観戦していたそうで、

「息子が投げてない時も含めて今年は12~13回、京セラに来ましたが、やっと初勝利を見ることができました。」

引用:日刊スポーツ

と父親は取材に答えていました。

何でも知りたい女の子
何でも知りたい女の子

初勝利を見届けたいという親心を感じるね!

解説お兄さん
解説お兄さん

斑鳩町から京セラドームまでは電車で1時間以上かかるみたい。
役所勤めで忙しい中、何度も足を運べるのは、
野球していた頃に身に着けた体力のおかげかな?

マウンドで感情を露わにしないタイプの曽谷龍平選手ですが、父親によると、大学日本代表に選出された頃のチームメイトが初勝利を記録する仲、なかなか初勝利できないことにプレッシャーを感じていたとのこと。

初勝利という形で良いルーキーシーズンの締めくくりができた曽谷龍平選手は、これからもオリックスの先発ローテを支え続けてくれることでしょう!

曽谷龍平選手の母親はどんな人?息子とオリックスの縁に驚愕!?

曽谷龍平選手の母親は、香織さんという名前です。

生年月日は明かされていませんが、曽谷龍平選手の父親より1歳年上だと思われます。

2022年ドラフト会議に同席しており、曽谷龍平選手のドラ1指名を見守っていました。

母親は、曽谷龍平選手の幼少期について、

「布団の中でグローブをはめたまま寝ていたぐらいです」

引用:Number Web

と語っており、野球への愛が伝わってきます。

また、母親は2021年末に実家の曽谷龍平選手の部屋を掃除していたところ、オリックスへの縁を感じるアイテムを発見。

曽谷龍平選手が8歳の頃に書いた、20歳の自分への手紙に、

「いま、プロ野きゅうチームは、オリックスバハァローズにはいっています。」

「きみも20才になったらオリックスにはいってください」

引用:日刊スポーツ

との記述があったのです。

息子の手紙を見つけた母親は、

「信じられなかったですね、自分の子供がそういうところに立っているというのが。
なにか縁があるんだな、と感じました」

引用:Number Web

と語り、小学2年生の息子が有言実行していることに感動している様子でした。

幼少期の頃から、家族で何度も京セラドームに足を運んでいた曽谷龍平選手は、この頃からオリックス入団の意思を固めていたのでしょう。

イオンモール大和郡山で行われたトークショーに出席した曽谷龍平選手は、母親の作るハンバーグが好きだと公言。

現在寮生活を送っている曽谷龍平選手は、時々母親からハンバーグを冷凍で送ってもらっているかもしれませんね!

曽谷龍平選手にきょうだいはいる?兄は曽谷龍平選手の野球人生に大きな影響を与えていた!?

曽谷龍平選手には、2歳年上の兄がいます。

一般人のため、年齢以外のプロフィールは明かされていませんでした。

曽谷龍平選手が野球を始めたきっかけは、同級生から野球を勧められた兄と一緒に、少年野球チームの見学に行ったのがきっかけ。

また、曽谷龍平選手の担当スカウトである岡崎大輔さんは、兄と同い年。

曽谷龍平選手は、岡崎大輔さんについて、

「会う回数を重ねるにつれ、お兄さんのような存在になってきました。
だいぶ密接というか、なんでも言える関係になっているのかなと思います」

引用:Number Web

と語っています。

曽谷龍平選手は、オリックス球団内でも兄貴分のような存在を見つけたようです。

一方、曽谷龍平選手はチームメイトである齋藤響介選手から、「お兄ちゃんみたい」と言われていたことから、末っ子ながらかなりお兄ちゃん気質を見せていることがうかがえます。

1軍に定着していけば、全く弟気質を感じない先発ローテのお兄ちゃんとなる日も近いのではないでしょうか!

曽谷龍平選手はオリックス入団を予言していた!?父親は元高校球児で野球を始めたのは兄がきっかけ!母親の作るハンバーグが好き!

曽谷龍平選手の実家家族構成は、両親と2歳年上の兄です。

父親は、現在役所勤めで防災などの危機管理を担当しています。

高校球児であり、捕手をしていた父親ですが、曽谷龍平選手に野球を始めてほしいという気持ちは特になかったのだとか。

同級生に勧誘を受けた兄と一緒に、少年野球チームの見学に行ったことで、曽谷龍平選手は野球を始めています。

小学生の頃は少年野球チームのコーチをしていた父親。

しかし、息子達に特別な指導をせず、ケガをさせず長く野球人生を送れるように指導していたそうです。

母親が実家の曽谷龍平選手の部屋を片付けていたところ、8歳の頃に書いた手紙を発見。

曽谷龍平選手は、20歳の自分に対し、「オリックスバファローズに入ってください」と書いており、縁を感じたとのこと。

両親は2023年だけでも12、3回ほどオリックス戦の応援に出かけています。

曽谷龍平選手のプロ初勝利の瞬間もしっかり見届けることができました。

これからも家族は曽谷龍平選手の応援に駆け付けることでしょう。

最後までご覧いただきありがとうございました!


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